このページでは酒にまつわる話や、いろんなエピソードなど書き綴っていきたいと思います。
     
VOL51: 世界に伝わる古代酒(H25.11.23)
世界にはその地域で古くから伝えられてきた酒があります。現在でも昔ながらの製法を守りながら現地の人々に愛されています。最近ではネットの発達により、世界中にその存在が知れ渡り、それを飲むために訪れる旅行客が増えているようです。その数ある酒の中で代表的な2種を紹介します。


 ヤシ酒(パームワイン)は、アフリカのジャングルから南アジア、オセアニアにいたるまで、ヤシのある場所であればどこでも造られて飲まれてきた古典的な酒です。現在でももっとも簡単に入手できるアルコール飲料です。
 ヤシ酒の造り方はその名のとおり、ヤシ科の植物の樹液を集めて造ります。ヤシの花が受粉した際、その花芽を切り取り、ヤシの実に回るべき樹液を集めます。その際、壷、竹筒、ヤシの実をくりぬいた物、あるいは瓢箪などを使って集めていましたが、最近では一升瓶などが使用されることも多くなりました。このヤシの樹液はトディと呼ばれる事が多いのですが、あくまでも樹液であり、実の部分のココナッツの果汁ではありません。味わいは濃厚で糖分が高いのが特徴です。
 ヤシの樹液に含まれる糖はマンナン系の多糖類ですが、天然酵母が含まれているので、樹液を溜めているだけで勝手に発酵し、発酵開始後24時間で3〜5度の酒になります。色は白濁しており、やや甘酸っぱい乳酸飲料系(カルピス)の味がします。発酵により微発砲しているので、そのままでも冷やしても、とても美味しく飲めるほか、スパイスを使った料理との相性も良いようです。
 ヤシ酒の欠点として、ヤシ酒は自然発酵したものなので、熱帯地域の環境ではすぐに発酵のピークを迎えるため、朝採ったら昼までに飲まないといけないという事です。3日もすれば完全に酢になってしまいます。そのためヤシ酒を飲みたい時は現地に行って飲むしかありませんが、最近では火を加えて発酵を止めたヤシ酒を瓶詰めしたものが造られており、日本にも輸入されているようです。
 ヤシ酒は地域ごとにいろんな呼び名があり、カンボジアでは「タックタナオトチュー」と呼ばれ、国民的なアルコール飲料となっています。またアフリカのコンゴでは「メレク」と呼ばれ、ジャングルの中で目をつけたアブラヤシから毎日採取し、村の栄養補助飲料として分配します。一本のアブラヤシの木からだいたい26リットルくらいのヤシ酒ができますが、多くの糖分と7種類の有機酸、25種類のアミノ酸、ビタミンC、ビタミンBなどが含まれており、コンゴ北部のスワンプ(沼地地帯)では、必須栄養素の半分近くをこのヤシ酒に頼っているという報告もあります。ヤシ酒の採取に関してはマルコ・ポーロの「東方見聞録」でも、スマトラ島でのヤシ酒採取の様子が描かれています。
 蒸留技術が伝わってからは蒸留したヤシ蒸留酒が造られるようになり、約30度〜50度の澄んだ蒸留酒になります。この工程をアラックと呼ぶ地域が多くありますが、これらアラック、ラク、ラキという言葉は、インド洋沿岸のあらゆる場所で蒸留酒を指す言葉として使われているようです。


 モンゴルを中心とした内陸アジアの、騎馬の民が住む地域では、馬の乳を乳酸発酵させた馬乳酒(ばにゅうしゅ)が広く飲まれています。馬乳に含まれる乳糖が酵母によって発酵することでアルコールが生じ、また同時に乳酸菌による乳糖の乳酸発酵も進行するため、強い酸味を有する。乳酸発酵によって発生する爽やかな味わいを持ち、日本の人気飲料「カルピス」はこの馬乳酒にヒントを得たものと言われています。モンゴル語で「アイラグ」、内蒙古では「ツェゲー」テュルク系の言語では馬乳酒も含めた乳酒を総称して「クミス」と呼びます。またラクダの乳から造られる乳酒は「インゲニアイラグ」と呼ばれています。なんとなくアイラックという言葉に響きが似ているのは偶然でしょうか。
 馬乳酒は、酒であるにもかかわらずアルコール度数は1〜4度と低く、実際にはヨーグルトに近い乳製飲料と言っても過言ではありません。肉食中心の騎馬民族はビタミンやミネラルを補うために、これを幼児から老人まであらゆる人々が、食事の一環として毎日摂取しています。馬乳酒には大量のビタミンCが含まれるほか、数種類の乳酸菌が含まれ、非常に体に良いとされています。モンゴルでは成人で毎日1リットル以上を摂取し、中には食事代わりに4リットル近くを飲む場合もあります。夏場はこれだけで済ませる事もあるようです。
 馬乳酒の生産は、馬の出産シーズンである夏季(7〜9月)に行われます。採取した馬乳に種菌を含む馬乳酒を混ぜて、「フフル」という皮袋の中で長時間攪拌すると、発酵して1〜3日ほどで馬乳酒になります。この攪拌は数千回から1万回におよび、モンゴルの主婦は短い夏を馬乳酒造りに費やします。
 冬に備えて栄養を溜め込むため、モンゴルの人々は夏には大量の馬乳酒を飲み、または体に塗って皮膚病に備えることもあります。現在では馬乳酒の健康促進効果が注目され、馬乳酒を使った伝統療法も行われています。
 モンゴルではこの馬乳酒を蒸留した酒「アルヒ」(通称:モンゴルウオッカ)があり、こちらは強い酒として愛飲されています。蒸留を重ねていくと強い酒になりますが、2回蒸留したものを「アルス」や「ホルズ」と呼びます。蒸留して残った馬乳酒の粕は濃厚なモロミ状になり、これはそのままチーズにされます。

※参考文献
「酒の伝説」 新紀元社
Kikaijimashuzo.Co.Ltd