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 喜界島酒造㈱は鹿児島県大島郡喜界町にある酒造会社です。弊社の黒糖焼酎は、全国酒類コンクールの黒糖焼酎部門で2012年以降、6回連続で特賞を受賞している「キャプテンキッド」をはじめ、1年熟成酒をベースに、5年古酒を約40%ブレンドした「由羅王」(1位)や、昔ながらの伝統製法で造られた「しまっちゅ伝蔵」(2位)など、黒糖焼酎の旨さを存分に引き出したこだわりの焼酎です。3年古酒を主体とし、5年から10年古酒をブレンドした「三年寝太蔵」は、口当たりが良く、その優しく芳醇な風味が黒糖焼酎の素晴らしさを感じさせてくれるでしょう。その他にも多数の個性的な商品も取り揃えております。是非、ご賞味ください.
きっと・・・いい酒との出会いは人生をちょっと楽しくします    
 
 
  沖のクジラと綺麗な荒木の海の動画が見れます
 
 


 

 

 先日、最終回を迎えましたが、TBSドラマ・日曜劇場「天国と地獄~サイコな2人~」のストーリーの中でで、入れ替わりにまつわる島の伝説を知った主人公が、謎を解くヒントを得るため奄美大島に行き、殺人鬼が使ったとみられる凶器に似た丸い石を海岸で見つけ、それは地元で「呪いの石」と呼ばれている…。という展開がありましたが、これにまつわる入れ替わりの伝説が、「月と太陽」という名で喜界島の文献「喜界島昔話集」に記録されています。
 文献「日本昔話記録12 鹿児島県喜界島昔話集」(1974年、三省堂)は、戦前、喜界島出身の故岩倉市郎氏が島内外で語り部から採録、民俗学者の故柳田國男氏が編集した書物の再版。島独自の伝説や南西諸島、日本本土にも通じる昔話107本を収録。
 その伝説とは 昼の太陽は夜の月であるべきで、夜の月は昼の太陽であるべきだったものが、ある約束でくつがえってしまう…その約束というのが、ある夜、太陽と月が、寝ている間に腹の上で〝シヤカナロー〟の花が咲いた方が昼の太陽になろうというものでした。ある夜〝シヤカナロー〟は月の腹に咲きましたが、太陽はこっそり自分の腹に植え替えました。その結果、太陽は昼に出ることとなりましたが、うしろめたい行為をしたためまともに見る事ができず、夜に出る月はいくらでもまともに見られるようになったというものです。
 謎の花〝シヤカナロー〟については、前述した岩倉氏の著書「喜界島方言集」でも明らかになっておらず、喜界島の島民も、夏の夜に咲くサガリバナだと考える人が居るものの、実際の正体はわかっていないようです。


【管理人の独り言】
  お洒落な器で飲むと気分が違うだけだろう…というのもありますが、味わいにも少なからず影響があります。例えば、お湯割りで飲む際は厚手の物で、持った時に熱く無く、あまり熱が逃げないタイプが香りが逃げずに、芳醇な味わいを長く存分に楽しむ事ができます。特に香りが魅力でもある黒糖焼酎ならなおさらその効果が期待できるでしょう。冷たいお酒ならグイグイ飲める大き目の硝子の器が良いかもしれません。(あくまでも個人の好みです)
 それにもう一つ忘れてならないのが唇の感触です。これはなかなか説明し難いのですが、その酒の味にしっくりくる器の感触があります。これはいろいろ試してみるしか手立てが無いのですが、例えば生ビールはジョッキで飲むから美味さが引き立つのであって、普通のコップで飲んでも何か物足らないと思います。わかりやすい判断の目安として、酒が進む器がその酒に合った器だと言えます。
 なかなか外で飲む事が難しいこのご時世、独り飲みの楽しみ方として器にこだわってみるのも一興かもしれません。













 


 


くろちゅうに氷と炭酸水を加えてスパークリングで飲むのもおススメ!
お洒落な感じになりますぞ!


     (其之21)


 古来より日本の神話や伝承に酒が登場します。「お神酒あげぬ神は無し」と言うように、稲穂の国、日本は酒の国と言っても過言ではありません。
 日本の酒と神話の関係は縄文時代に遡ります。縄文時代の中期、関東から中部・北陸地方にかけての東日本で、有孔鍔付土器(ゆうこうつばつきどき)と呼ばれる独特な形をした土器が作られています。この土器は酒造具だと推定されており、大きな丸い目を持ち、四肢を開いた蛙の姿をしています。
 これは蛙の姿をした月の女神が不死の霊薬を持っていて、その姿が月面の陰として見えるという信仰に繋がっているとも言われています。
 この伝承の手がかりになるのが、長野県諏訪郡富士見町にある井戸尻遺跡で、縄文時代中期の竪穴住居跡が散在した遺跡群です。この場所から「半人半蛙文有孔鍔付樽」(はんじんはんあもんゆうこうつばつきたる)が発掘され、その内部にヤマブドウの種が残されていました。この事から発掘者はこの器でヤマブドウ、クサイチゴ、アケビなどの液果を仕込んで果実醸造酒を造ったのではと推測されています。その説を裏付ける証拠として同一住居内から酒盃らしいカップ状の土器が発見されています。
 半人半蛙文有孔鍔付樽は高さ50cmにも及ぶ大型の土器で、果実酒を仕込む樽であったと推測されています。表面に描かれた半人半蛙は、多産と雨を司る蛙に、豊作の力を求めたものであり、冬の冬眠から春になると再び目覚める蛙は、死からの再生を象徴するものとして考えられていたのかもしれません。





 梅太郎
南海日日新聞令和3年4月掲載分




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